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考えさせられる出来事 [その他]

言葉は大切だと感じる。

特に書き言葉は感情が見えないだけに、
発信者と受信者で受け取り方が大きく異なる。
感情的になりながらも芯を貫き、
若干荒々しい表現ではあるものの最大限表現を抑えても、
ある種脅迫文であるとか、不快に捉えられることも多々ある。


とあることについて、一般論として説明をしても
「それはあなたの価値観の違いですよ」。
何度もそう言われた。

こちらこそ同じ事を言ってやりたい。
「そう思っているのも、価値観の違いなんですよ」と。




ひとつ気づいたことがある。
「価値観の違い」という言葉は議論を強制終了させるということを。

世の中を見渡せば価値観の違う人間が集まり、
衝突すれば犯罪が起こり、共感できれば友になる。

基本的に価値観が違う人間ばかりが集まり社会が成り立っている。
これは当たり前の話である。
それが前提で話し合いというものがなされる、
はずである。

例えば、どうしても相談したいことがあって、
相談したにもかかわらず、
「それは、人それぞれだから。」
そう言われればどうだろうか?

それを踏まえて相談してるんだけど。
何のために相談してるんだろう?

そうならないだろうか?


同じ事である。

意見やものの見方など違うからこそ他人から相談されるのだし、
全く同じなのであれば、わざわざ相談なんてしないし、
相談する時間が無駄だろう。



価値観や考え方が違うのは承知した上で、
そこからのお話じゃないのだろうか?
本当に言葉は大切だと感じる。





あと、すぐに謝る人を信用していない。
「これまでの不備などは、ことあるごとに謝罪してきたでしょ。」
そう言われた。

まず、謝れば何でも許されるわけではないことを分かって欲しい。
そして、謝らなくても良いようにしたらどうだろうか?
そう言いたい。

つまり、好き勝手やるだけのことをやっておきながら、
後々最大限の謝罪をすれば、はたして許されるのだろうか?
ということだ。





人と衝突することが多いし、自分でも理屈が多いと感じているが、
何も考えず全て納得し、服従しながら生きていく人生は楽しいだろうか?
何のために「自分」という人生を生きているのかを考えると、
人の考えない部分を考え、物事に対してより深く感じる。
そうすることで「生」が感じられているのだと思う。



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