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女性市長が女性も土俵に上がれるよう相撲協会に要望書提出 [ニュース]

これまでも、当時の大阪府知事であった太田房江氏が土俵に上がることを断られるなど、女性蔑視とも取れる相撲協会の対応に様々な意見がなされてきた。先日も挨拶中の市長が土俵上で倒れ、人命救助に駆けつけた女性に対し土俵から降りるようアナウンスがあったことは記憶に新しい。

相撲の歴史は古く、日本相撲協会のWebサイトによると、およそ1500年以上も続いているという。しかし相撲に限らず、かつては女人禁制であったが時代背景と共にその考え方が失われ、今では男女ともに行えるように変化したものは多く存在する。

高校球児にとって、あるいはプロ野球選手にとって球場やマウンドなどは神聖なる場所であり、特に日本人選手は球場に入る際に脱帽し一礼する選手は多い。これは慣れや習慣などではなく、球場や野球に対し心から敬意を払っているのである。

野球選手にとっての球場と同じように力士にとっての土俵は神聖なる場所であり、誰もが簡単に上がれる場所でないことは理解できるし、時代が変わろうとも守らなければならない、あるいは守り続けなければならない伝統は必ず存在すると思っている。これは裁判の判決のように、一度例外を認めると以後その事案が基準となるため、あくまでも逸脱を望まないのに似ている。しかし、例外を認めるのにも誰もが納得できる理由付けが必ず存在する。つまり、古くからの伝統があり女性を土俵に上げないことに対する理由付けができるのであれば、その伝統を守り続ければいい。

また、かなり以前より女性が土俵に上がれない事案が問題視されていたにも拘わらず、「伝統」という二文字だけにたより考えを巡らせてこなかった相撲協会にも問題があり、今後の方向性をすぐにでも検討し、新たな規定を設ける必要があるだろう。





さて、今後女性が土俵に上がれるようになるかどうかはさておき、なぜそれほどまでに土俵上に上がりたいのだろうか?この問題が浮上してすぐに頭をよぎったことは、「表彰式や一定の例外を除き、関係者以外は一切土俵に上げないという規定を設ければ良い」と考えた。これであれば男女関係なく市長などの挨拶もすべて土俵下を基準に行うこととなり、誰も文句を言わないのではないだろうか?

どのような競技においても競技場は神聖な場所であり、土俵も同様に神聖な場所である。非常にスピリチュアルな感覚で感じ方に違いはあるが、相撲に関係のない一般の人間が簡単に上がれる場所ではないという思いがある。要望した女性市長にはこのような思いが存在しないのだろうか?もし誰もが簡単に足を踏み入れることができる場所だとの思いがあれば、それは恐れ多く感じる。女性市長がこぞって「土俵に上げろ」と訴えているのを見ると単なるミーハー的な思いに見えて仕方がない。


そして、挨拶というのは土俵上でしかできない行為なのだろうか?
男性ができてなぜ女性ができない?という現状の事実が問題なのだが、どうしても土俵上でなければ問題があること以外はできないようにすれば良い。
私は自分にできない大きな事を成し遂げた人々を常に尊敬し、簡単に近づくことを避けている。だから野球人が球場に敬意を払うことも力士が土俵を神聖な場所と捉えることも理解できるし、土俵に上がりたいなど恐れ多く考え難い。考え方や価値観の違いといえば解決する問題も解決に至らないが、理解すべき所は理解し、しっかりと決めるべきものは決める必要があるだろう。





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