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トップ芸能人が覚醒剤を使用することについて [社会・風俗]

これまでも数多くの芸能人による覚醒剤の所持や使用のニュースがあった。芸能人は一般的に交友関係が広く、黙っていても周りから様々な情報を手に入れることが出来るようで、クスリの話などもその筋の関係者から「クスリ使うならあるよ」と話を持ちかけられるようだ。

しかし使うかどうかは本人の気持ち次第であり、「必要ない」と断ることだって出来る。ほとんどの場合周りからの話によるものらしいが、最終的に使ってしまったのであれば使用した本人の責任である。

では、なぜ地位も名誉も手にしているトップの芸能人がクスリに手を出してしまうのか。
我々のような毎日同じ事の繰り返しの作業などとは違い、芸能界という華々しい世界自体がすでにクスリを使っているような麻痺した世界なのだろう。
ペーペーの頃は、自分の才能を信じて良い芝居をしたり曲を作ったりして頑張る。実力も付き名声も勝ち取ってくると、自分だけのために何万人もの人々が会場に集まったり、町では人だかりになったり、良い服を着たり美味しい食べ物を食べたりでき、徐々に一般社会からかけ離れた生活へと変っていく。つまり麻痺状態になっていくのである。

しかし才能は無限に続けばよいが、徐々に思い通りに事が進まなくなり表舞台から影を潜めるようになれば、以前より収入も減り華々しい舞台に立つことも少なくなり、キャーキャーと言われなくなると生活自体に物足りなさを感じるようになってくるのだろう。

少しでも以前のようにとクスリを勧められ、使ってみれば以前と同じように生活できている、ような錯覚を感じて生活をする。今まで感じていたモヤモヤもなくなりスッキリと晴れ晴れしい感覚でいるようだが、その間にも大切なものを失い続けていることに本人は気づかない。そこからは気分だけ上昇して決して元の華々しさを取り戻すことはない。




以前にクスリを使ったことがあり、今では止めて依存症の人々に対してケアを続けている方が、「クスリを使い続けることは大切なものを失い続けるということ」と話されていたのが非常に印象的だった。

残酷なのかもしれないが、例えば簡単にクスリに手を出してしまう、例えば人の命を奪ってしまう、簡単に考えないためにも、「いくら反省しようが今後一生懸命働いて償おうが、人を殺したことやクスリに手を出したという事実は一生消えることはないのだ」ということを、本人やその他の人間にしっかりと知らせる必要があるのだと感じている。より罪の重さを感じさせ、「今後こういう目には遭いたくない」と思わせるためには、本当に重大な事なのだということを感じさせる必要があるはずだ。

芸能界という一般の生活とはかけ離れた夢のような麻痺した世界で上位を経験し、一度そこから転げ落ちると落差について行くことが、精神的にも肉体的にも難しいのかもしれない。


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